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子供が大きくなるたびに、親は高望みになっていく。たまには初心に戻ってみませんか

74viewhaco2018/02/28

子供が大きくなるたびに、親は高望みになっていく。たまには初心に戻ってみませんか

通知表は「目に見える評価」なので分かりやすいんですよね

今小学校に通う娘が、幼稚園児だった頃。

初めての夏休みを向かえるときに、先生から通知表のようなものを渡されました。

内容は「先生の話を理解できる」とか「危険なことが分かる」とか、小学校の通知表で言うと「行いのようす」欄のようなものでしたが、幼稚園でこんなものを配るんだなあと驚いた覚えがあります。

さて、私の娘はというと彼女は内気で物分りが良く、いわゆる「優等生」タイプでした。というわけで、通知表の内容は文句なしだったのです。

しかし彼女は、「人から言われたこと」は守れるのですが、「自分から何かをする」のがとても苦手。

先生の指示をうけて行動するときはとてもお利口なのですが、「ここから自由時間です!好きなことをして遊びましょう!」となると何をしていいか戸惑ってしまう子でした。

そんなとき、いつも娘を引っ張ってくれる快活なお友達がいました。

彼女はいつも元気が良くて周りを明るくしてくれて、内気な娘はその子にどれだけ助けられたか分かりません。

けれど、その子の通知表の内容はあまり良いものとは言えなかったようで…

彼女のお母さんは、

「小さなうちから、こんなものでこの子を決めつけないで欲しい」

と怒っていました。そして私も、

「通知表で評価できることというのは、その子のほんの一部でしかないんだなあ」

と心から実感したのでした。

そして、次の年からその通知表は無くなったという。あれは一体何だったのか、今でも謎。

さて、そんな娘も今ではすっかりお姉さんになり、毎日小学校へ通っています。

小学校というのは基本的に勉強を教わる場所ですので、「通知表」というものの比重もあの頃よりずっと大きなものになっているように思います。

 

 

けれど思えば、赤ちゃんの頃は、ただ元気でそこにいてくれるだけでよかった。

幼稚園の頃は、お友達と楽しく遊んでいてくれたらそれでよかったんです。

年齢があがるごとに求めるものの質が変わるのも「できて当たり前」のハードルが上がっていくのも当たり前のことかもしれませんが…

 

「通知表」や「成績」などで評価されるのは、その子のほんの一部分。

数値には現れないところに、その子の良いところは絶対ある。

 

こんな単純なことを、単純すぎるために親は見過ごしてしまいがちです。

私も気を抜くとついそうなってしまうのですが…

けれど、あの時感じた違和感は、いつまでも忘れたくないと思うのです。

 

 

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