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【学校の疑問】「子供のために」の殺し文句で親の善意をあてにされすぎるのも困り物

37viewhaco2018/06/13

【学校の疑問】「子供のために」の殺し文句で親の善意をあてにされすぎるのも困り物

現代は親も先生も忙しすぎる

以前も「コミュニティ・スクール」についての記事を書きましたが、その取り組みの一環なのでしょうか。例えば放課後の図書貸出、下校の見守りなど、最近学校側から保護者のボランティア参加を呼びかけられる機会が増えてきたんですよね。

それ以外にも、まあ定番のPTAもそうですし、子育てをしていると保護者としていろいろな役割を求められることは多々あります。

もちろん大切な我が子のことですから、学校任せにはせず自ら子どもたちのために動くのは必要なことなのでしょう。

しかし…今の時代、とにかく大人は忙しい。先生も、親も、みんなみんな忙しいんです。

理想はそうであっても、あらゆることを「親の善意」任せにされても難しいものがあります。

そのとき決まって学校側から出る「子供のためにぜひご協力を」という言葉!!

あれ、ほんと呪いのような圧力があるんですよ…協力できない親がまるで非国民であるかのような罪悪感。

 

あの言葉を言われると、私は常々思ってしまう。

子供に留守番させて、ベルマーク数えるために夜中に学校に行ったり

母親教室とかいってヨガ講習やら料理教室やらの企画を立てたり

誰も読まないPTA会報の原稿を必死で書いたり

それの何が「子供のため」になるのだろう、と。

 

まず親の手伝いありき!とか、盲目的に子供のために頑張るのが親!とかそういうのはとりあえず置いておいて、

いろいろと謎に包まれている「保護者の仕事の中身」についてもっと明確化して、必要なことをあぶり出すのが大前提なのではないでしょうか。

今話題になっている「親が大変だから運動会を午前だけにしよう」とか、ああいうのはね。あれは子供が主体の行事ですので簡単にそうしましょうという流れになるのも疑問ではありますが、こういったものは比較的簡単に整理できそうな気がします。

 

コミュニティ・スクールだとか教育改革とか大きなことに取り組む前に、今あるものをスリムにするのが先なのでは?と思うのですが…

そう簡単にはいかないんでしょうか。皆様はどう思いますか?

 

 

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