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新潮45騒動とLGBTについて、現代の子供たちの様子から考えてみる。

92viewhaco2018/10/03

新潮45騒動とLGBTについて、現代の子供たちの様子から考えてみる。

実際、子供世代の感覚ってどんな感じ?

LGBT(性的少数者)への差別的発言を擁護するような記事を掲載したことにより炎上した結果、月刊誌「新潮45」は休刊にまで追い込まれてしまいましたね。

あれら一連の騒動から、なんとも気持ちの悪い違和感を感じたのは筆者だけでしょうか。

筆者はLGBTの方々が直面している問題を詳しく知っているわけでもありません。また、以下に出てくる話もあくまで筆者のまわりにいる子供たちの話であって、すべての人々に当てはまることではないのですが、それでも今回の件で感じたことをここに書かせていただきます。

 

というのも、いるんですよね。筆者の子供の同級生に、「たぶんそうなのかな?」っていう子が。

可愛いものや雑貨が大好きで、コスメやアクセサリーも集めていて、男の子と遊ぶよりも女の子同士でお話したり買い物したりするのが好きな男の子。

でも今の子供たちって、少なくとも我が子のクラスメイトたちは、そういうことに対してとてもフラットな目線を持っているなあといつも感じています。

テレビをつければ人気のオネエタレントが出ていて、女の子が好きでもりゅうちぇるみたいに自由な自己表現を楽しんでいる男の人がいて、それがもはや自然になっている。

私達の世代もだいぶそういうことへの知識はついてきていますので、彼が好きなことをするのを咎めるような大人も特にいない。親御さんたちも彼をのびのび育てていて、それが見ていて「いいなあ」と思うんです。

それに今の子って、「男子は、女子はかくあるべき!」みたいな教育って特にされてないんですよ。

「こうあるべき」という概念が無いので、クラスにちょっと女の子っぽい男の子がいたって「変だ」という思考にはそもそもならないみたいです。

「それがこの子の性格」、ただそれだけなんですよね。

 

これが我が子のクラス限定のことなのか、日本全体のことなのかは分かりません。

ただ、そういう「普通」を近くでずっと見てきましたので…

LGBTをずいぶんと大きな声で批判していた、よくわからない偉い評論家?作家?の方々。

そういうことを平気でできるその感覚がもう、今の時代からちょっとずれてるんと違います?と思うわけです。

 

「こうあるのが当然なんだ」という刷り込みが無い場所には差別は生まれない。

これからはそういった刷り込みを、少しずつ無くしていくことが大人の役割なんじゃないかな、と思うのです。

 

 

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